SALON COLUMN

ワイン造りのフィロソフィー その③ 富永敬俊氏

2020.01.23



ワイン造りのフィロソフィー その③ 富永敬俊氏

今回は白ワインに関するエピソードをお話しします。メルシャンは1984年に「東雲(しののめ)甲州シュール・リー1983」を発売し、甲州に厚みをつけることには成功しましたが、アロマティックな白ワインが造れないか検討を続けていました。2003年、山梨市のブドウ園の甲州を試験発酵したものから、ソーヴィニョン・ブランに似た柑橘の香りが感じられたことをきっかけに、2005年「シャトー・メルシャン甲州きいろ香2004」を発売することができました。背景には、“白ワインの魔術師”デュブルデュー教授の研究室で活躍していた富永さんとメルシャンの共同研究がありました。

甲州のアロマ
2003年9月、勝沼ワイナリーで甲州から強い柑橘の香りが出たとき、私はボルドーにいました。1995年から日本で5回の仕込み(1997年は本社勤務)を経験し、2001年からボルドーのシャトーに駐在することになり、10月からボルドー大学醸造学部のDUAD(テイスティング講座)を受講しました。DUADの白ワイン分野を担当していたのがデュブルデュー教授です。週2日間はボルドー大学醸造学部に通学していたので、富永さんとも学内でお話しする機会がありました。「甲州にソーヴィニョン・ブランとおなじ香りがあるかもしれない」という知らせが入り、日本からボルドー大学にサンプルが航空便で送られてきました。分析の結果、かなりの量の3MH(3-メルカプト・ヘキサノール、ソーヴィニョン・ブランに多く含まれるグレープ・フルーツ様の香り)が含まれていることがわかり、富永さん自身驚きつつも、今までにないタイプの甲州ワインが造れるのではないか、と興奮していました。

3MHの分析法は、富永さんがボルドー大学での研究を通して立ち上げたもので、当時メルシャンでは分析できませんでした。甲州に3MHが含まれていることが確定しましたが、アロマティックな甲州ワインを製品化するためには、日本で3MHを測定することが必須でした。ボルドー大学と共同研究をする交渉のため、12月に日本からメルシャンの担当者がボルドーに来ました。私は、デュブルデュー教授と富永博士、メルシャン担当者との会議の調整と通訳を担当し、無事研究員を受け入れてもらえることになりました。翌2004年2月に、小林弘憲(現シャトー・メルシャン椀子ワイナリー長)がボルドーに来て、約2月間富永さんから直接教えを受けました。小林は日本に戻り、定期的にブドウをサンプリングし、ブドウを3MHのピークの時期に収穫することに成功し、これまでにないアロマティックな甲州ワインができました。富永さんの著書である「きいろの香り」にちなみ、「シャトー・メルシャン甲州きいろ香2004」と命名し、2005年3月に約5000本を発売することができました。



きいろの香り
(フレグランスジャーナル社)

仕込みの統括
「きいろ香」が発売された3月初めに、私はちょうどボルドー駐在を終えて帰国することになりました。富永さんは、研究者である以前に熱烈なワインラヴァ―で、ワイン全般に造詣の深い方でした。帰国前に、ボルドーの旧市街にある富永夫妻のご自宅に、妻と二人でお邪魔し夕食をごちそうになりました。「日本に帰ったら、きいろ香の仕込みを頑張りましょう」と熱っぽく語りあったのを懐かしく思い出します。帰国後「仕込みの統括」(収穫と醸造全体を仕切る役)に指名されました。

富永さんは、甲州の畑を見たいということで、畑の視察と仕込みの打ち合わせのため、8月に来日しました(写真)。富永さんとの取り組みは、「柑橘香(3MH)の発見と、いかに多く出すか」の部分がクローズアップされますが、「甲州の特徴の一つである白ワインのフェノレ(ヴィニル・フェノールの匂い、樹脂的な、スモーキー、薬品のようなニュアンス)をいかにして減らすか」も大きな柱でした。フランス語ではワインの表現に「net(ネット、きれいの意)」を使いますが、富永さんはよくこの単語を口にされました。柑橘の香りが強く出ても、白ワインのフェノレがあるとマスキングされてしまいます。一連の研究で、甲州ワインのフェノレは、収穫が遅いと濃度が高くなることも判明しました。



富永敬俊博士(1955-2008)
甲州の畑の視察の様子(2005年)

山梨での甲州の収穫は、10月に入ってから始まるのが一般的でした。我々が3MHの量を測定して決めた収穫時期は、従来より2週間ほど早めの9月中旬です。当時は、一部の方から「早摘み」、「未熟」と指摘されましたが、9月中旬の収穫は甲州の開花から約100~110日で、ボルドーでの赤品種の収穫の目安とほぼおなじで「適熟」と言えます。10月に入ってからの従来の収穫は125日程度で、他の品種と比べるとかなりの遅摘みです。場合によっては140日になることもあります。収穫が遅いと白ワインのフェノレが出やすいことがわかっているので、クリーンな白ワインを造るには適熟での収穫が大切です。「きいろ香」2年目の2005年の仕込みは、「本数を増やす」と「山梨県内のどの地域の甲州が“きいろ香”に向いているかの検証」が大きなテーマでした。メールと国際電話でボルドーにいる富永さんとやり取りし、きいろ香の仕込みをしたのを懐かしく思い出します。



シャトー・メルシャン玉諸甲州きいろ香(左)
シャトー・メルシャン岩出甲州きいろ香キュベ・ウエノ(右)

印象に残っている富永さんの言葉として「最近、日本のワイン造りで、分析することを“自然ではない”、“科学的”として分析せずに勘でワインを造る人がいるようですが、あくまでワインを造るのは人間です。“科学”に使われてしまうワインメーカーはカッコ悪いですが、“科学”を使いこなせないワインメーカーは、もっとカッコ悪いと思います」というものがあります。発酵中のもろみを人間の五感で把握するのはもちろん大切ですが、それを補助するためにも分析して数値化することは、ワインの状態を理解するのに役立ちます。分析すること自体を「自然ではない」として、勘でワイン造りをすることに警鐘を鳴らした言葉です。

富永さんは、残念ながら2008年にボルドーでお亡くなりになりましたが、これからも富永さんと一緒に取り組んだことで得られた「netなワイン」、「“科学”を使いこなす」という考えを思い出しながらワイン造りをしていきたいと思います。

Writing by Mitsuhiro ANZO



安蔵光弘(あんぞうみつひろ)


シャトー・メルシャン製造部長/チーフ・ワインメーカー 東京大学農学生命科学研究科応用生命工学専攻修士課程修了(応用微生物学)。メルシャン入社後、フランスボルドー駐在、本社生産SCM本部品質管理部長を経て、2015年より現職。シャトー・メルシャンの3ワイナリー(勝沼ワイナリー、桔梗ヶ原ワイナリー、椀子ワイナリー)を統括。著書に、「ボルドーでワインを造ってわかったこと~日本ワインの戦略のために(2018年、イカロス出版)」など。




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