真冬にシャブリを❽
2020.01.13
シャブリ・グラン・クリュのスケール感、高い表現力、精妙さ、熟成のポテンシャルはやはり格別です。が、一方で、シャブリを飲む真の喜びはシャブリ・プルミエ・クリュの方にあるという人もいます。極言すれば、グラン・クリュが旨いのは当たり前だし、畑が一つのエリアに固まっているために、ある意味、味わいの幅に限界がある。しかし、プルミエ・クリュは様々な条件下に分布していて、テロワールのバリエーションの幅が広い。プルミエ・クリュにこそ、シャブリの多様性と造り手の力量が出るのだ、というのが彼らの言い分です。
キンメリジャン土壌から出てきた化石色々。
すでに2度登場しているマップを、ここでもう一度見てもらいましょう。今回は、僕の方で域内のどこでどのような特性がワインに出るのかを加筆しました。この説明は、現地での生産者たちとの会話と試飲を通して僕なりにまとめたもので、普遍的なものでも、絶対的なものでもありませんが、シャブリを飲むときや選ぶときの一つの指標にしていただけたらと思います。
冷涼地で、シャルドネの寒冷限界であるからこそ、日照を決める畑の向きが重要になる。(資料提供:BIVB)
さて、話は真冬のブドウ畑からのレポートに戻ります。刺すような寒風の中、僕はグラン・クリュ、ブーグロの畑に立っていました。ブーグロはグラン・クリュの中では最も西に位置します。スラン川畔に近い下の方へ行くほど傾斜が急で、立っているのも大変なほど。一方、上の方は平らです。
ブーグロの上の方は平ら。
前回ブランショーの特徴を「アーシー、パワアフル」と記しましたが、同じブランショーでもどこのブドウを使うのかによって個性が明確に変わります。下の方はよりパワフルで低重心な感じに、また上の方は比較的エレガントな感じになります。広く畑を所有している造り手は、上下両方の区画のブドウをそれぞれに醸造し、アッサンブラージュすることでクリマ全体の個性を表すことができると主張します。
ブーグロの上の方から東を見ると、レ・プリュース、ヴォーデジールへと連なる風景が楽しめますが、その狭い範囲ですら、畑の向きも傾斜も様々で、複雑そのもの。強い風の吹き抜ける小さな谷間から5mほどもそれると、もう風が止んでいて少し暖かく感じるような場所もありました。これらの小さな違いが組み合わさって、ブドウの特性、ひいてはワインの味わいを決めているのだ。そう思うと、嬉しいような、怖いような、何とも名状しがたい気持ちになりました。
グラン・クリュの夏の風景。複雑な地形なのがわかる。
〈ドメーヌ・ラロッシュ〉はブランショーに7つの畑を持ち、所有する畑の約4割をブランショーが占めるという、このクリマのスペシャリスト。
ところを変えて、今度は“シャブリの王”、レ・クロの最も上の部分を歩きました。見下ろすと慄然とするような急傾斜地です。標高差もここと麓とでは100mくらいあるのではないでしょうか。しかし、先ほどのブーグロとは違って、畑の面は比較的一定で、大きな起伏もなく滑らかです。
グルヌイユからレ・クロにかけてのあたり。
〈ドメーヌ・ラロッシュ〉の「シャブリ・グラン・クリュ レ・クロ2007」。畑はどちらかというと下の方にあり、ボディがあり果実味豊かなタイプ。
ある造り手の説明によると、レ・クロで重要なのは、どの高さに畑があるかだそうです。上に行くほど表土や小さな石ころが流され、基盤がむき出しになっています。逆に下の方には雨水で流された表土が溜まり、重くリッチな土壌になっています。
レ・クロの中ほど。小石が目立つ。
上の方で収穫したブドウで造ったワインはシャープさがあり、下の方のブドウだとふくよかな果実味が勝るということです。実際、いくつかのドメーヌでレ・クロのテイスティングをする度に、その蔵がどの高さに畑を所有しているのかを言い当てるゲームをやってみましたが、ある程度までは言い当てることができました。それほどに、シャルドネが分かりやすく土地の個性を写すのであり、造り手が「トランスレーター」に徹しているのだと思います。
「お勉強」的な話が続いたので、この辺でひとつ余談を。シャブリという言葉の語源には諸説ありますが、ケルト語の「Chab (住民)+leya(森の近く)」だというのが有力です。レ・クロのブドウ畑の背後には森が迫っています。森の木を伐り、株を取り除いてブドウ畑を開いたのはシトー派などのキリスト教徒でした。シャブリとキリスト教の関わりについてはまた機会を改めてお話しすることにします。
グラン・クリュの背後に広がる森から市街を見下ろす。
(つづく)
Photographs by Taisuke Yoshida
Special Thanks to BIVB(ブルゴーニュワイン委員会)