SALON COLUMN

地球上で最も孤立したワイン産地❽

2019.04.13

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地球上で最も孤立したワイン産地❽

2014年の11月、タスマニア・ホバート近郊の会場で、世界各国から約300人の食関係者やジャーナリスト、インフルエンサーを集めたガラ・ディナーが盛大に開かれました。これはオーストラリア政府観光局が「美食大陸オーストラリア」というグローバル・キャンペーンをローンチするのに当たって、そのお披露目のために開いたもの。例によって、僕は取材者特権でこの煌びやかな会場に潜りこんでいました。著名な料理研究家やビッグ・シェフ、ワイン評論家、ワインメーカー‥‥錚々たる顔ぶれが一堂に介した中に、ヴァーニャ・カレンさんの姿がありました。

タスマニアで行われたガラ・ディナー(©︎Hiromichi Kataoka)。

ヴァーニャ・カレンさん。時間があるときは海辺に行って、泳いだり、歩いたりする。

ヴァーニャさんの両親であるケヴィン・カレン氏(元精神科医)と妻のディアナさん(元理学療法士)はマーガレット・リバーの地に最初のブドウ樹を植えた人たちでした(最初の植え付けは失敗に終わり、彼らの後に植えたトム・カリティー氏が成功したので、そちらがマーガレット・リバーの始祖となった)。〈カレン・ワインズ〉の創設は1971年。両親の仕事を89年に引き継いだのが5人きょうだいの末っ子、ヴァーニャさんでした。


プレパレーションに用いるタンポポ。

彼女は、この産地にいち早くバイオダイナミック農法を取り入れた人物で、今もその道において指導的な立場にあります。一昨年、僕が2度目となる訪問をしたとき、ヴァーニャさんはその日の朝、海外出張から戻ったばかりというタイミングでしたが、疲れた様子も見せずワイナリーに立ち、アンフォラで寝かせたワインの試飲に没頭していました。

ガーデン部門の責任者、オーキン氏。

〈カレン・ワインズ〉には、栽培や醸造とは別に「ガーデン担当」という部署があります。これはバイオダイナミック農法で用いる独特な肥料、プレパレーション(調合剤)の製造・管理をする職場。ここで少し、バイオダイナミック農法の説明をしておきましょう。

「500」に使う水牛の角。

バイオダイナミック農法(フランス語の「ビオディナミ」と表記されることも多い)は、バルカン半島出身の神秘思想家・人智学者ルドルフ・シュタイナーの理論に基づいた栽培法で、天体の動きに合わせて作業を行う、プレパレーションを用いるなどの特徴があります。この農法で栽培すると宇宙の力がブドウ樹に宿り、活力が漲ると言われます。元々がシュタイナーの直観からスタートした理論なので(シュタイナー自身は農業経験がなく、アルコール飲料を飲まなかった)、一時は「怪しい」「カルトっぽい」などと胡散臭く見られたこともありましたが、この農法を用いて栽培されたブドウから続々と秀逸なワインが生まれるに及んで、今ではビオを超えた究極の有機農法として、多くの造り手やワイン好きに敬意を持って受け入れられるようになっています。

プレパレーション各種。

プレパレーションには9つの種類があり、それぞれに目的が異なります。材料となるのはカモミールやイラクサ、水晶、水牛の角、牛糞など。例えば、「500」というナンバーが付けられたプレパレーションは、水牛の角に牛糞を詰めたものを1年間土中に埋めた後、掘り出したものを雨水で希釈して畑に散布します。これにより、ブドウの根が強くなるとされています。


バイオダイナミック農法では作業は天体の運行に合わせて行う。

ガーデンの責任者であるジェイミー・オーキン氏によると、ブドウ畑だけでなく、自家菜園にもこの農法を取り入れており、そこから採れた作物はワイナリー併設のレストランの料理に使われるとのこと。


右はヴァーニャさんの母親の名が付けられた「ディアナ・マデレーン2015」。マーガレット・リバーにおけるカベルネ・ソーヴィニヨンの傑作の一つだ。慎み深く、ジンワリと沁みる味わい。

さて、肝心のワインの味についてですが、カレンのワインは何と言っても「生き生き感」が突出しています。何かのフレーバーが目立つということはなく、様々な要素が混然一体となっています。そして飲み手の想像力を刺激するようなニュアンスがあります。ただそこにあるというのではなく、液体全体に方向性があるとでも言えばいいでしょうか。先に述べたように、過去にはバイオダイナミック農法が否定的に捉えられたことがあり、その理由の一つに「ワインが汚れているから」というものがありました。が、カレンのワインを飲めば、それが言われなき汚名であったことがわかると思います。

「アンバー2014」。確かに色合いがオレンジというよりはアンバー。

アンフォラで熟成させる「アンバー・ワイン」をレストランでランチに合わせて飲みました。2014はこのアイテムの最初のヴィンテージです。セミヨンとソーヴィニヨン・ブランを2:1の割合でブレンド。40日間スキンコンタクトを行ったそうです。熟れたアプリコットの香りに枯葉を嗅ぐようなトーンが交じります。口の中では蜂蜜の苦味が。いわゆるオレンジワインの製法ですが、あえてアンバーと名乗るところにヴァーニャさんのプライドが示されています。オレンジピールを効かせたポークベリーとよく合いました。 

うずらの卵を添えたポークベリー。

「アンフォラで造るワインはまだまだ謎に満ちているけど、大きなポテンシャルを感じるの。この2017も素晴らしいわよ」試飲の手を止めたヴァーニャさんがそう言って、僕にグラスを手渡してくれました。グラスに鼻を近づけながら、前に訪問したとき(2014年)のことを思い出していました。その頃はまだ数えるほどしかなかった卵型のコンクリート製醸造タンクを試験的に導入したと、そのときヴァーニャさんは話していました。進化を止めない彼女のワイン造りをずっとウォッチしていきたいと思いました。

「カレン・ワインズ」のレストラン。

(つづく)

Photographs by Yasuyuki Ukita



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