地球上で最も孤立したワイン産地❼
2019.03.19
「ルーウィン・コンサート2014」の聴衆となるために僕は日本でレンタルのタキシードを調達しました。このコンサートには約6000人が集いますが、そのうち1500人は「アートシリーズ・マルキー・パッケージ」と名付けられたVIP席へ。こちらに参加する場合、男性はブラックタイ着用が求められます。取材者の特権で僕はこのブラックタイの方に紛れ込ませてもらったのでした。
VIP専用エントランスから入場する人たち。
午後4時半、〈ルーウィン・エステート〉敷地内に設けられたコンサート会場がオープンすると、ビシッとドレスアップした男女が次々と入場していきます。「オーストラリア人は街でも裸足で歩いている」というのは時代錯誤の誤った表現ですが、ことマーガレット・リバーに関しては、この言葉通りの光景を見かけることがあります。それほどに彼らは飾らず、ナチュラルに暮らしているのです。そんな町の外れに、いきなり盛装の人々が1000人以上も集結するのですから、その非日常感たるや、相当なもの。会場のテンションが上がるのも当然です。芝生にテントが張られたVIP専用のウェルカムエリアでは早速ルーウィンのスパークリングや白ワインが振る舞われます。
コンサートは社交の場としても機能している。
〈ルーウィン・エステート〉の創始者、デニスとトリシアのホーガン夫妻がワイナリーにロンドン・フィルを招いてコンサートを開くと言い出した時、周囲の友人たちは、そんな無茶は止めた方がいいと忠告したそうです。西オーストラリア唯一の都市パースから260kmも離れた片田舎にわざわざ足を運ぶ人が一体何人いるんだと。しかし、ホーガン夫妻は初志貫徹で計画を実行。蓋を開けてみると、聴衆5000人が集まり、“ワイナリーで開かれた異色のコンサート”は国際的に報道されるほどの大きな注目を集めました。
ウェルカムエリア。
1時間ほどウェルカム・ドリンクとお喋りを楽しんだ後、我々はステージ前に据えられたガーデンチェアの席に移動しました。夕日がユーカリの林の向こうに沈み、空がオレンジ色を帯びた群青色に染まる頃に、その日の主役のダイアナ・クラールが登場しました。ホールのコンサートとは全く別の雰囲気。芝生に陣取るカップルや家族連れのリラックスした雰囲気は野外フェスそのものです。そこに我々タキシード組が異彩を与えているといったところでしょうか。ただ音楽を聴くのとは別の次元の高揚感が会場を覆っていました。独特の雰囲気にワインが作用していたことは間違いありません。
夕日が沈む頃、演奏が始まる。
会場に用意された「アートシリーズ」のボトル。
星空の下でコンサートが終わると、「アートシリーズ・マルキー・パッケージ」の1500人は巨大テント(マルキー)の張られた別会場に移りました。ここでディナーとダンスパーティです。ワインはもちろん〈ルーウィン・エステート〉の各銘柄がズラリと揃っていました。会場のスケール感といい、人々の快楽主義的な振る舞いといい、明朗で逞しさと可憐さが同居するようなワインの味わいといい、全てがオーストラリア的美質に満ちた夜でした。
マーガレット・リバーのワインを楽しむのに最上のシチュエーションはこの日、この場所かもしれない。
「ルーウィン・コンサート・シリーズ」の成功は、ワインが持つアルコール飲料以上の潜在能力と可能性を示したと言えるのではないでしょうか? デニス・ホーガン氏は2001年、オーストラリア政府からセンテナリー・メダル(オーストラリア連邦誕生100周年を記念して制定された勲章。社会や政府に貢献した人に対して贈られる)を授与されました。またホーガン夫妻は揃って、オーダー・オブ・オーストラリア(オーストラリア勲章。1975年に英国のエリザベス女王にとって設立された)のメンバーに加えられました。「ワインは生活芸術の一部」というホーガン夫妻の考えが、それらの栄誉に繋がったのです。
(つづく)
Photographs by Hiromichi Kataoka