小さな大陸、シチリア⓬
2018.06.12
ワインの伴侶である食の話のつづきです。シチリアの名物料理をランダムに紹介していきましょう。どこに行ってもウェルカムドリンクとともにまず出てくるのがアランチーニです。アランチーニと複数形で紹介しましたが、じつは単数形だとシチリア西部ではアランチーナ(女性形)、東部ではアランチーノ(男性形)と呼ばれます。これは炊いた米にチーズなどを加えて団子状にし、パン粉をつけて揚げたライスコロッケ。中にトマトで煮た肉を入れるとアランチーネ・アッラ・カルネになります。形がオレンジに似ていることからアランチーナ(小さなオレンジ)の名が付けられたそうです。けっこうボリュームがあり、2つも食べるとお腹が満たされて、それ以降の食事が食べられなくなってしまうのですが、そうとわかっていても、素朴なおいしさについもう一つだけと手が伸びてしまいます。
アランチーニ。
トマトに酢漬けのケイパーを載せ、ノリーブオイルをかけるだけで、シチリア感満点の前菜に。
ストリートフードの珍品としてはパニーノ・コン・ミルツァがあります。これは油で炒め煮した牛の脾臓をパンに挟んで食べるもの。アラブの影響が色濃く感じられる料理です。シチリアでは古来、小麦の栽培も盛んで、確認されただけでも55種類もの品種が栽培されてきたそうです。道理でパンや手打ちパスタがおいしいわけです。パイ状にした小麦粉の生地にソマトソースや肉を挟んで焼くエンパナーダは明らかにスペインの食文化につながるものです。
牛の脾臓と聞くと、ゲテモノっぽいが、味はあっさりしている。
サクサクと軽快なエンパナーダ。
パスタで最もポピュラーなのは、捻った形状のショートパスタ、ブジアーテ。ねっちりとした歯ごたえがあり、捻った部分にソースやペーストがよくからむのが特徴です。中空で太めのマッケローニもよく食べられています。つるりとした喉越しで、これまたつい食べ過ぎてしまいます。僕の記憶に強く残っているのは、トルナトーレというエトナのワイナリーでランチに出てきた3種の肉(羊、牛、猪)のラグーをからめたマッケローニとエトナ・ロッソのペアリングです。野趣溢れるパスタにネレッロ・マスカレーゼの酸と土壌由来のミネラル感が見事に合わさり、ともに引き立て合うようでおいしくて、信じられなくらいの量を食べました。
魚のラグーのブジアーテ。ピスタチオがかかっているのがいかにもシチリアらしい。
3種の肉のラグーのマッケローニ。
トマトソースのパスタを薄切りにしたナスで巻いて焼くのがインヴォルティーニ。ワインは赤でも白でも合ってしまう万能の前菜です。
ナスのインヴォルティーニ。
こういう人のつくる料理は間違いなく旨い。
カボリチェッダという野草とサルシッチャのタリアテッレ。ワインはクズマーノのエトナビアンコ。
カターニャの市場に行くと、魚介類の鮮度に驚きます。何といってもイワシがこの島の代表格ですが、マグロ、カジキ、クエ、タイ、ヒメジ、イカ、タコと種類も豊富。シチリア人の日常のタンパク源は肉よりも魚やチーズであることは疑いようのない事実です。「魚料理には白ワイン」という古典的な原則は、シチリアの食卓には当てはまりません。われわれの食卓においても、例えばサバやイワシなど背の青い魚の塩焼きには赤ワインが合いますが、シチリアでもマグロのステーキやイワシのラグーのパスタにはシチリアの赤を合わせます。南東部で造られるネーロ・ダヴォラやシラーのように濃縮感のある赤でさえ、黒オリーブやケイパー、塩を思わせるトーンがあるものが多く、そういったものはトマトを使った魚料理とすばらしいアッビナメント(マリアージュ)を見せてくれます。
新鮮さと魚種の豊富さでは日本にも引けを取らない。
シコイワシをマリネで。
タコとムール貝のサラダ。野菜はそら豆、にんじん、フェンネル。
マグロのステーキ。
12回にわたってシチリアワインと食の話をしてきました。まだまだお話ししたい話題、紹介したいワインや生産者は尽きませんが、今回で一旦一区切りとします。つづきはまたいつか。
Photographs by Taisuke Yoshida