小さな大陸、シチリア❺
2018.04.13
今回のシリーズのどこかでワインの「連れ合い」となるシチリアの食について、きちんと述べなくてはと考えていますが、その前に今日はちょっとしたアッビナメント(マリアージュ)の小ネタをご披露しましょう。
そら豆、リコッタチーズ、カポナータ‥‥。郷土食を集めたワイナリーのランチ
イタリア語に「インフィノッキアーレinfinocchiare」という言葉があります。意味は「だます」「ごまかす」「ちょろまかす」。この言葉の語源がちょっと面白いんです。昔、悪徳ワイン商がクオリティの低いワインを売り捌くため、取引相手にウイキョウ(英語=フェンネル、イタリア語=フィノッキオ)の入った料理を食べさせ、味覚を鈍化させてからワインの試飲をさせたという話。それでこの単語の中に"フィノッキオ"が入っているわけです。
"イワシのケーキ"(左)とパスタ・ア・フローチャ(食べ残したパスタを固めて焼いたもの)。いずれも質素な料理だが、胸にしみる旨さ。
ウイキョウの種子であるフェンネルシードが魚の臭み消しとして知られているように、ウイキョウは茎も葉も独特な強い芳香を持っていて、ワインの教則本にはたいてい「ワインと合わせるのが難しい食材」というふうに紹介されています。
数年前、シチリア最西端のトラパニ県にあるラッロというワイナリーを訪ねました。ラッロは1860年に遡る長い歴史を持つマルサラの名門で、そのマルサラ(酒精強化ワイン)はサヴォイア家の食卓にも上るものでした。1996年に同県アルカモを拠点に農業経営をしていたヴェスコ家がラッロを買収。ラッロの「遺産」は残しつつも、生産と経営を近代化し、マルサラとアルカモという2つの土地の魅力を併せ持つ新生ラッロとして生まれ変わりました。2010年には所有するすべてのブドウ畑がオーガニック認証を受けています。
固有品種の白各種をはじめ、固有品種と国際品種をブレンドした赤、伝統の甘口と、多彩なラインナップ。ここのワインを一通り飲めば、「小さな大陸」の概要をつかみ、固有品種の名前の大半を覚えられそうです。9アイテムをテイスティングして、すべてのアイテムに共通する気品と繊細さ、飲みやすさに驚嘆させられました。特に固有品種それぞれの特色が出た白──インソリア、グリッロ、カタラット、ジビッボ──はいずれも秀逸です。
20年熟成のマルサラ(左)とパンテッレリア島で伝統的にジビッボ100%で造られているパッシート
ところで、この時のテイスティングは、爽やかな風が吹き抜けるご機嫌なテラスで行われたのですが、われわれジャーナリストがついたテーブルにはグラスと皿がセットされ、皿にはスライスした生のウイキョウ(!)が載せられていたのです。
このとき僕はまだ「インフィノッキアーレ」という言葉を知りませんでした。今も覚えているのはウイキョウの瑞々しい香りと、それを齧ったあとで飲んだワインがすごくよくマッチしたこと‥‥。
"真剣勝負”のテイスティングを終え、ランチを楽しむジャーナリストたち。
もしかして、僕らはあのとき試されたのでしょうか? いいえ、後になって何度思い返しても、そうは思えないのです。職業的プライドをかけて断言しますが、ウイキョウとワインは絶妙な組み合わせでした。それに、より決定的な証拠を述べるなら、後日ラッロのワインをウイキョウなしに飲む機会がありましたが、それらはやはり素晴らしい味わいでした。いや待てよ‥‥やはり最初に飲んだときのインパクトには及ばなかったかなぁ?
(つづく)
Photographs by Taisuke Yoshida