北海道ワイン事情❷ 幸福を感じる仕事
2017.12.21
滝沢信夫さんの営む「TAKIZAWA WINERY」がある三笠市は、空知の真ん中あたりに位置します。空知は札幌の東方に広がるエリアで、岩見沢市、美唄市、夕張市など24の市町から成り、行政上の正式名称は「空知総合振興局(旧・空知支庁)」と言います。かつては炭鉱で栄え、6万人が暮らした町でしたが、鉱業の衰退で過疎化が進み、現在人口は9000人弱まで減ってしまいました。
達布山展望台から三笠の市街地方面を望む。
ワイナリーを訪ねる前に周囲を見晴らすことができる達布山展望台に登りました。北海道というと、どこまでも続く平原やなだらかな丘陵地を思い起こす人が多いかもしれませんが、このあたりは山の峰が連なる変化に富んだ地形です。眼下に紅葉を纏った尾根が延び、遠くの頂には前の晩に積もった雪が残っているのが見えました。達布山は平野に突きだした“陸の半島”を成しており、その“岬”の突端に近い部分に、お隣の「山崎ワイナリー」と相並んで滝沢さんのワイナリーがありました。この地のワイン造りの先駆者である「山崎ワイナリー」のことは、いつか機会を改めて書くことになると思います。
白樺の木に囲まれるようにして立つワイナリー。
南向きの斜面に開かれたブドウ畑を見下ろすようにして立つ、チョコレート色のギフトボックスのような小さな建物が「TAKIZAWA WINERY」でした。「天気が良いうちに選定作業を済ませようと思っていたのに、邪魔をしに来たな」と、同行の紹介者Kさんに手荒な挨拶をしながらも、滝沢さんは満面の笑みでわれわれを迎えてくれました。
試飲コーナーのディスプレー。1本1本のワインに丁寧な説明が添えられている。
テイスティングルームでワインを飲ませてもらいながら、滝沢さんの話に耳を傾けました。開口一番、彼の口から出たのは「今は毎日、幸せを感じているんですよ」という言葉でした。道東・中標津出身の滝沢さんは高校時代に横浜に出て、20代の前半まで関東で過ごします。美大に通った大学生時代には、学生運動にも参加。就職先に選んだ広告代理店ではあまりにも多忙で「殺されるかと思った」そうです。26歳のとき、北海道に戻り、札幌で当時はまだ珍しかった自家焙煎のコーヒー店「可否茶館」を開業。どんどん支店を増やし、直営13店になった頃、いつしか客の前でコーヒーを淹れることはなくなり、経営者として数字相手に仕事している自分に気づきます。50代半ば、コーヒーのビジネスを売却し、「第3の人生」として選んだのがブドウ栽培とワイン造りでした。
我が子を愛しむようにワインを注ぐ滝沢さん。
「あなたがイメージしているワイン造りを見たいならニュージーランドに行くといい」滝沢さんにそう助言したのは浅井昭吾氏(元メルシャン勝沼ワイナリー工場長。麻井宇介のペンネームで多くの著書を残し、今も日本ワインの造り手に多大な影響を与える。2002年没)でした。このアドバイスに従い、滝沢さんは2003年に4カ月間かけてニュージーランドのワイン産地を視察。帰国後の04年から2年間かけてこの三笠の地に約1haの畑を開墾、06年、ピノノワールとソーヴィニヨン・ブランの苗を植えました。実地研修を積んだのがお隣の「山崎ワイナリー」でした。最初の収穫は08年。現在、畑は約3haに拡張。先述の2品種にシャルドネなどを加えた約8000本を栽培しています。13年には念願だったワイナリーが完成。栽培・醸造・瓶詰めを自社で行うドメーヌスタイルが可能になりました。
現在、滝沢さんのワイナリーでは余市の栽培家などから購入するブドウで造るワインと自社畑のブドウで造るワインでポートフォリオを構成しています。前者である「デラウェア2016」「旅路2016」は、酸がきれいでハーブや野生果実のトーンが印象に残る秀作。「ミュラートゥルガウ・スパークリング2015」(野生酵母の生き残りで瓶内に次発酵)は極めてドライながらも、酵母のコクが程よい肉付きとなって、微笑ましい出来栄えでした。また滝沢さんの自信作でもある後者の「タキザワ・ブラン2016」(シャルドネ主体、オーセロワ、シルバーナー、ソーヴィニヨン・ブランをブレンド。野生酵母による発酵。樽熟成8カ月)は初リリースながら、含意のあるスモーキーなミネラル感、熟成を経て輝き出しそうな果実味、品のある樽のニュアンス、どこを切っても風格が漂う、卓越したワインでした。「先日、シャブリの生産者がこれを飲んで、日本でこんな白ワインができるのかと驚いていました」と滝沢さんも満足そう。
左から、「デラウェア2016」、「旅路2016」、ミュラートゥルガウ・スパークリング2015」。
手前から「ピノワール2015」、「タキザワブラン2016」、「ソーヴィニヨン・ブラン2016」。
滝沢さんのその後の話から、例の「幸せ」
「ここでは面倒臭い人間を相手にしなくていい」
「ブドウを相手にしていると、俺ってこんなに優しい人間だったのかって驚くときがあるんです」
「良いワインができると、最初は家族に飲ませたいって思うんですよ」
目指すのは“生命力のあるワイン”。そう語る滝沢さん自身がまずは生き生きとしている、彼の笑顔とワインを通して、それを強く印象付けられた訪問でした。
冬場には1.5メートルもの雪が積もる。ブドウ樹を斜面下方に倒すように仕立てることで、雪の重みに耐えられるようにする。この独特の仕立ては北海道で開発されたという。
Photographs by Hiromichi Kataoka