SALON COLUMN

幻覚の中のワインを飲む その1

2017.11.30

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幻覚の中のワインを飲む その1

イタリアの作家、アントニオ・タブッキの小説『レクイエム』を読んでいたら、その中に「レゲンゴス」という赤ワインが出てきて、どうしても飲んでみたくなりました。『レクイエム』は、7月の猛暑のポルトガル・リスボンを舞台に、主人公が多くの人びと(中には死者もいる)と出会って交じり合う、とある1日を追った物語です。

 

「レクイエム」はリスボンのガイドブックとして読むこともできる。

 



アルファマ地区は古き良きリスボンの面影を残す。

 

夕暮れの街を路面電車が旅愁を乗せて走る。

 

「レゲンゴス」は主人公が友人のタデウシュとレストランでサラブーリョという肉料理を食べるシーンに登場します。タデウシュはすでに死んでいるので、このシークエンスは主人公の幻覚の中の記述だと思われます。まずはサラブーリョについて説明されている部分を引用しましょう。

〈サラブーリョは見るからにおそろしげな姿をしていた。黄色っぽい脂を引き連れたジャガイモがまんなかに鎮座して、そのまわりにはぶつ切りの豚肉や牛の胃が散らばっていた。ワインかそれとも煮詰めた血の色にちがいないのだが、どちらともさだかでない焦茶色のソースのなかに、料理全体が沈んでいた。(略)わたしは肉の切れ端にフォークを刺して、ほとんど目も開けずに口にはこんだ。すばらしかった。洗練のきわみともいえる味だった〉

 

飲食店が集まるサバティロス通りからロシオ広場を眺める。

 

リヴェイラ・ノーヴァ市場の側にある〈カフェ・タチ〉。

 

この料理を出す前に、店主が主人公たちに勧めるのが「レゲンゴス」です。こってりとしているに違いない肉料理のお相手とはいえ、7月の日なかに赤ワインはふさわしいのだろうか。小説を読んでいて、そんな素朴な疑問が湧きました。

調べてみると、レゲンゴスはポルトガル中南部に広がるアレンテージョ地方にあるサブリージョンのひとつでした。地図を見ると、リスボンから東へ100キロメートルくらいの、スペインとの国境にほど近い場所にレゲンゴス・デ・モンサラズという町があります。ネットで検索すると、ひとつだけワインがヒットしました。「カルミン レゲンゴス・ティント2015」。価格は税込みで1134円。わざわざ小説に登場させるワインとしてはいささか安すぎる気がしないでもありませんでしたが、価格でワインを断じるのは“グッド・ワイン”を探求する者として、最も恥ずべきこと。さっそくポチッと注文しました。さらに調べていくと、カルミンというのは1971年に60軒の栽培農家がメンバーとなって設立された協同組合であることがわかりました。僕が注文したワインはここのレゴンゲスのなかではベースラインだったようです。

 

タブッキは、ポルトガルの国民的詩人フェルナンド・ペソアの紹介者として知られる。「レクイエム」はペソアに捧げられたオマージュ的作品と言われる。

 

僕は常々、ワインと旅は親和性が高いと考えています。個人的に言えば、未知のワインと出合うのは旅の大きな目的のひとつだし、ワインを飲むことはグラスの中で旅をすることだと思っています。ワイン生産地の多くでは、ワインと観光を結びつけたワイン・ツーリズムが週末やヴァカンスの過ごし方として浸透しています。「ワイン街道」が整備され、試飲・直売コーナーやレストラン、宿泊施設を併設したワイナリーも増えています。ブドウが栽培されている風景を眺め、ラベルに描かれている歴史遺産を訪ねれば、ワインの味わいがより一層奥深いものになります。ローカルなレストランで土地の料理と合わせて地ワインを飲んだり、ブドウ畑に囲まれたシャトーで眠ったりする体験に勝る至福はありません。そして、ひとたび旅と結びついたワインは、後にどこで開けようとも、“あの旅”を鮮やかに蘇らせてくれます。僕が「グラスの中で旅をする」と言うのはまさにこのことです。

 

のんべえだったペソアが通ったレストラン〈ア・リコリスタ〉。

 

ペソアが一時期暮らした建物を改装したホテルで“ペソア・ワイン”を発見!

 

ペソアの墓があるジェロニモス修道院にて。

 

注文から数日後、「レゲンゴス」が我が家に届きました。バック・ラベルの記述によると、使用品種はトリンカデイラ40%、アラゴネス40%、カステラン20%。アラゴネスはスペインのテンプラニーリョと同じものです。何日か経ったある晩、夕食の食卓で抜栓してみました。やや明るめのルビー色、香りは開けたてで閉じているのか、控えめなようです。
(つづく)

 

※参考文献:『レクイエム』アントニオ・タブッキ著、鈴木明裕訳、白水社


Photographs by Yasuyuki Ukita



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