SALON COLUMN

「醸造は愛」ラドクリフ敦子さんのこと その2

2017.11.09

013

「醸造は愛」ラドクリフ敦子さんのこと その2

2014年の南半球の秋、ラドクリフ敦子さんのワイナリー「スモール・フォレスト」にとって最初のヴィンテージを控えたタイミングで、アッパーハンターヴァレーをブッシュファイア(山火事)が襲いました。「スモール・フォレスト」のブドウが実る畑は直接の火の手からは離れていましたが、延焼を防ぐために行われた人為的な野焼きのせいで、収穫前のブドウが煙にさらされてしまいます。

「少量のブドウで醸造を行なってみました。ブドウの段階ではそれほどわからなかったのですが、ワインにすると不快な風味が出てしまって商品にはならないという判断を下さざるを得ませんでした」と敦子さん。それでも彼女は車で5時間かかるオレンジ地区に出向き、ブドウを売ってくれるところを探しました。オーストラリア初の日本人ワイナリーオーナーによる記念すべき初ヴィンテージのワインは、遠い他所の産地のブドウから生まれることになったのです。「あれは大ズッコケでした」と敦子さんは当時を振り返ります。

 


セラードアに立つ敦子さん

 


ワイナリーのテラスまでカンガルーが来ることも

 

僕が「スモール・フォレスト」を訪ね、敦子さんのワインを試飲させてもらったのはこの年の11月でした。シャルドネとシラーズのロゼは尖ったところのない優しいワイン。この人は精緻な造りをする人だなという印象が残りました。樽で熟成中のシラーズは、色鮮やかで生き生きとして、新調したブレザーをパリッと着こなした育ちの良い若者を思わせました。ようやく自社畑のブドウで仕込みをすることができた15年には1年目のラインナップにヴァデーロというちょっと珍しい品種の白ワインが加わりました。これはハーブの香りときれいな酸を持った清涼感のあるワインです。

 


イベント会場に並べられた「スモール・フォレスト」のラインナップ

 

「優しいワイン」という表現は、敦子さんをゲストに迎えて行ったイベントの参加者の多くからも聞かれた声でした。会の中で、敦子さんがこれまでに僕や他のメディアに語ってきた言葉をいくつか紹介しました。まずピックアップしたのは〈醸造は愛〉。これは敦子さんの農大時代の同級生が言った言葉で、聞いた瞬間に敦子さんもスッと腹に落ちたそうです。「醸造はその時にしかしてあげられないことの連続です。毎日愛情をかけ、細かい部分に気を配って、小さなことでもやれることはすべてしてやることでワインは素晴らしいものに仕上がっていくのだという確信があるんです」。人々から「優しい」と評される彼女のワイン。その味わいとこの言葉は無関係ではなさそうです。

 


愛犬と束の間の休息

 


広大な風景、苛烈な自然、アッパーハンターヴァレーでは何もかもが日本とは異なる

 

〈おいしいワインを造るためには、私自身が努力して善い人間にならないといけない〉

この言葉について敦子さんはこう説明します。「ブドウが本来持つ力をどうやって見つけ出すか? それにはよく見ることだと思うんです。よく見て気づくことができるようにならなくてはいけない。そして何かが必要だと感じたら迷わず行動に移ること。機敏さ、決断力、知力、大胆さ、そして挑戦する気持ち。そういう力があった方がワイン造りは良い方向に行く。つまり、造り手が善い人間になることだと思うんです」

〈ワインは所詮ただの飲み物〉というのも敦子さんの言葉です。そこには、百の蘊蓄やバックグラウンドを並べあげても、結局ワインが不味かったら何も意味がない。ワインはまずは飲み物としておいしく、食品としてきちんとしているべきだ、という彼女の信念が込められています。

 

 


発酵中のブドウの果帽に手を浸す

 


醸造家のリアル・ワードローブ

 


気付けること、行動できることが大事だと敦子さんは言う

 

Photographs by Small Forest, Hiromichi Kataoka



――――――――――  おすすめ記事一覧  ――――――――――

―――――― おすすめ記事一覧 ――――――



地球上で最も孤立したワイン産地➓


地球上で最も孤立したワイン産地❾


地球上で最も孤立したワイン産地❽


PAGE TOP
8,000円(税抜)以上ご購入で送料無料キャンペーン中