SALON COLUMN

「醸造は愛」ラドクリフ敦子さんのこと その1

2017.11.02

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 「醸造は愛」ラドクリフ敦子さんのこと その1

オーストラリア・ニューサウスウェールズ州アッパーハンターヴァレーでワイナリー「スモール・フォレスト」(輸入元:ヴァイアンドカンパニー)を営む日本人醸造家、ラドクリフ敦子さんの一時帰国に合わせ、去る10月下旬のある夜、都内でトーク・イベントを行いました。会の趣旨は、日本ワインや日本酒の世界とも縁の深い敦子さんがどのようにしてオーストラリアに移り住み、自らワイナリーを切り盛りすることになったのかを、彼女のワインを飲みながら、直接本人の口から聞こうというものでした。この会のレポートを通じて、敦子さんの仕事とワイン造りの哲学をご紹介したいと思います。

 



買いブドウで造られた、最初のヴィンテージのロゼ

 

まずは敦子さんの略歴から。茨城・下妻の生まれ。高校時代、生物学が得意科目だった彼女は、当時話題になりつつあったバイオテクノロジーの道に進むべく、東京農業大学の短期大学部へ。卒業後は協和発酵(現・協和発酵キリン)に就職。品質管理の業務に就くが、本来やりたかった酒類研究の仕事と違ったため、3年後に退職。おりしも栃木のワイナリー「ココ・ファーム」が規模拡張を図るのにスタッフを募集していて、それに参加(1987年)。3度の収穫を経験した後、ココ・ファームを離れ、友人と醸造コンサルティングを行う会社を起業。都農ワイン(宮崎)の立ち上げに関わり、安曇野ワイナリー(長野)、奥出雲葡萄園(島根)などにコンサルティングを行う一方、フランスやオーストラリアのワイナリーで研修を積む。

 


ニュージーランドのワイナリー『プロヴィダンス』のジェイムズ・ヴルティッチ氏を囲んで、故浅井昭吾氏(元メルシャン理事、勝沼ワイナリー工場長。麻井宇介のペンネームでも知られる)氏と敦子さん。1999年ごろの撮影

 

「海外研修先のひとつに、アッパーハンターヴァレーの大手ワイナリー『ローズマウント・エステート』がありました」と敦子さん。「そこからワインメーカーとしてうちに来ないかとの誘いを受け、1年間のつもりで参加したのですが、結局7年間も居座ることになってしまったのです」

 

99年から勤めることになった「ローズマウント」で敦子さんを待ち受けていたのは、3万樽のワインと格闘するという過酷な労働でした。1日に200〜300樽の試飲をすることもあったそうです。「巨大な組織で仕事をするダイナミズムに触れ、日本の小規模なワイナリーでやっていたのはいったい何だったんだろうという気持ちになりました」ここで名醸造家のフィリップ・ショー氏(現「フィリップ・ショー・ワイン」。イギリスのワイン評価誌から「世界最高のワインメーカー」に2度選出された)と出会ったことも大きかったと敦子さんは振り返ります。同時に敦子さんが感じたのは「現場」に立つことの喜びでした。コンサルティングは人と人の間に立つ仕事。それよりも自分が手を汚してブドウ畑や醸造所に立っていたい。募った思いが彼女に自分自身のワイナリーを始める契機を呼びました。

 


「スモール・フォレスト」のブドウ畑

 


ワイナリーの入り口に置かれた看板。2014年撮影

 

縁あって2012年後半から敦子さんが働いていたワイナリーのオーナーが鉱山会社に土地を売却することになり、「鉱業と農業の共存」を目指していた鉱山会社から「ここで自分のブランドでワイナリーをやってみる気はないか?」との誘いを受けます。起業のための潤沢な資金があったわけでもなかった敦子さんはこのオファーを受けるかどうか迷いましたが、チャンスに賭けてみようと決意。それで生まれたのが「スモール・フォレスト」でした。ワイナリー名は敦子さんの旧姓「小林」から付けられたものですが、そこには「小さく始めて、小さいままで」との思いが込められていました。ブドウ畑は鉱山会社の所有で、栽培も鉱山会社が雇った人が行います。敦子さんはそこからブドウを買うという契約でした。

2013年秋、最初のヴィンテージを控えたタイミングで大きな危難が敦子さんを襲います。

(つづく)

Photographs by Small Forest, Hiromichi Kataoka, Motoko Ishii

 



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