スペインの「アンチエイジング・ワイン」 その3
2017.09.28
このシリーズの初回に「ボバルのワインは色が濃く、果実味、酸味、タンニン、アルコール、どれもがたっぷりの重厚な味わいになります」と紹介しました。これらの特徴から最もイメージしにくいワインのスタイルはスパークリングではないでしょうか? 今回ご紹介するパゴ・デ・タルシス(輸入元:ワイナリー和泉屋)は、われわれの固定観念を見事に取っ払ってくれるボデガです。
パゴ・デ・タルシスはバレンシア州内で最も多くのツーリストが訪れるワイナリーでもある
“泡のエキスパート”ビセンテ・ガルシア氏
2002年にこのユニークなボデガを立ち上げたビセンテ・ガルシア氏は、フランスでシャンパーニュ造りを学び、カタルーニャのカバの大手セグラ・ヴューダス社で醸造に携わった「泡のエキスパート」。後に故郷レケーナに戻ってからもスパークリングを生産の根幹に据え、その品質を武器に政府筋に働きかけ、カタルーニャ州(カバ生産の99%を占める)以外の地では極めて異例の「DOカバ」の原産地呼称をバレンシア州に導入した立役者です。
カバとスパークリングのラインナップ
ピュピトル(澱下げ用の動瓶ラック)を使った装飾
「パゴ・デ・タルシス ウニコ ブラン・デ・ネグレ」はボバル100%で造られたブラン・ド・ノワール(黒ブドウだけで造る白ワインのこと)のスパークリング・ワインです(使用品種が規定外なのでカバを名乗ることはできない)。チタンを思わせる輝度の高い外観。黄色いリンゴやナッツ、オレンジの花などの香りが複雑に絡み合います。口の中では滑らかで、ふくよかと表現したくなるような厚みを感じ、綺麗な酸が後口を引き締めます。
ボバル100%のスパークリング、「パゴ・デ・タルシス ウニコ ブラン・デ・ネグレ」
ガルシア氏によると、スパークリング用のボバルは酸と糖度のバランスを見ながら通常よりもやや早めのタイミングで、しかも気温の低い早朝に収穫し、プレスは果皮の色素を出さぬよう細心の注意を払ってやさしく行うとのこと。澱抜きまでの熟成期間=36カ月はシャンパーニュのミレジメ(ヴィンテージ表記入り)の規定による最低期間と同じ。テイスティングで感じた「滑らかさ」「ふくよかさ」は長い熟成からも来ているようです。
ボデガ内に飾られた祖先の写真を説明するガルシア氏
歴史が匂い立つボデガ内のダイニングルーム
前回のコラムでセッロガリーナのマルティネス氏がボバルの持つタンニンを「野生の馬」に喩えていたことをご紹介しましたが、ガルシア氏も同じようにボバルを馬になぞらえます。ただし、ガルシア氏が馬の野性とみなすのはタンニンではなく酸のほう。「ボバルはリンゴ酸が高いので、尖った酸を丸くするためのマロラクティック発酵(*1)が重要になってきます」とガルシア氏。このワインの生産は年間わずか7000〜10000本。ボバルのもうひとつの魅力を教えてくれる貴重なアイテムです。
ボデガの建物は1808年以前に建てられたもの
ボバルのスティルワインも試してみました。「アカデミア・デ・ロス・ノクトゥルノス ティント2016」は早飲みタイプ。グロゼイユやプラムの香り。このワインではマロラクティック発酵は自発的に起きたそうです。酸は尖ってはおらず、生き生き感を演出している印象でした。「パゴ・デ・タルシス ヌエストロ・ボバル2011」はボバル主体でカベルネ・フランを少量ブレンド。自然酵母により発酵。発酵後半年間低温管理されたタンクで休ませてから樽熟成をかけるというユニークな方法が用いられています。黒い果実と黒オリーブ、野性ハーブのディープな香り。飲みながら、つい物思いに耽ってしまいそうな、そんなワインでした。
「アカデミア・デ・ロス・ノクトゥルノス ティント2016」
「パゴ・デ・タルシス ヌエストロ・ボバル2011」
手前が「ヌエストロ・ボバル」、奥が「アカデミア・デ・ロス・ノクトゥルノス」。
ラルム(グラスに液だれとなって残るグリセリンやエキス分)の違いで酒質の違いがわかる
*1 マロラクティック発酵:リンゴ酸を乳酸と二酸化炭素に分解するプロセス。酸味が丸くなり、香味が複雑になる。
Photographs by Yasuyuki Ukita
Special thanks to Consejo Regulador DOP Utiel-Requena